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神様の荷台 第2章The god’s carry 2 by Yuukinosight Lyrics

Genre: rap | Year: 2019

その日も僕と蘭はチャットしてた。ラジオのストリーミングのチャンネルを合わせて。一緒に聞いているローカルなラジオが流すランキングの途中に流れた突然の速報が、僕達のそれまでの楽しさを嘘みたいにした。僕らの地区にある「神様の荷台」の施設がテロにあった。幸い怪我人は無いようだ。口ごもる蘭。何もいえない僕。沈黙が続いてしまう。アナウンサーが同じ内容のニュースを二回繰り返し、番組はコマーシャルに。ついさっき、「これ面白いよね」といっていたCMのフレーズがむなしく、ヘッドホンの中で響いてる。お互いに偽名のSNSで、アーティストや趣味の傾向が似ていて、年も住所も近い、お勧めのユーザーの中から僕と蘭は繋がった。それだけの話で終わりはしなかった。昨年の12月、僕がカゼをひき病院へ寄ってから学校へ行くときに。駅で偶然目にした光景。白い雪の中に溶けてしまいそうな同い年くらいの子を見かけてから、何となく気になっていて。春から自転車で学校へ行くようになってから、週に何回か、僕の通学路は大幅な遠回りをして、遠巻きにその子の姿を確認するようになってた。まさか同一人物だとは思わなかったから、最初にビデオチャットで蘭の顔を見たときはびっくりした。隠すつもりは無かった。言い出せなかった。僕はそんな今までの経緯を全て喋ってしまっていた、夜更けのラジオが控えめな音量で鳴りっぱなした僕と蘭との越えられないはずの静寂に対してあまりにも唐突な告白。うまく伝わっていたのか、どうかは分からない。しかし、僕がずっと喋りたかった事は言い尽くされてみるとこんなにも呆気ないものだったのだと分かる。ヘッドホンの向こうで蘭の家電がなる。事態が繋がっているような妙な予感。時間が無いような感じがして焦った。電話から帰った蘭の言葉を待たずに僕は焦りながら言葉を続けた。「一緒に行こうって言ってた映画だけど、明日にしないか。どーせ予定は無いだろ?」取り繕えるはずも無く、何も無かったことにはならず、そのセリフは空を切っていた。反対に蘭は聞いてきた、今から二股通りの所のコンビニに来れるかと。
二つ返事で僕は上着を羽織り、一目散に家を飛び出して自転車を漕ぎ出した。

コンビニの明かりを背にして蘭はそこにいた。軽いアルミフレームのスポークが風を切る音に気が付いて蘭は僕の方を見た。「会おうと思えば簡単に逢えたんだよね」と言い、少しだけ笑った。僕と蘭はお互いのポケットにあるアメをトレードし、お互いの持っていた一粒を各自口の中へ入れてから歩き出した。夜の空気のクリアな道、何もわからなくて不安なはずなのに、何もわからなすぎるから、せめぎ会うものが無い、開放感。僕が見ている星と蘭が見ている星。個人的すぎる星。一本入っていくと知られざる秘境のような住宅の路地。暗闇の中にたたずまう蘭の家は、子供一人が暮らすのには明らかに大きすぎて。一階の部屋にはカーテンも張られていない。犬小屋は古く汚れてた。現実ってものの異様さ。目にも留まらない生活の切れ間、時の一瞬の速さ。毎日の普通さに埋もれていて、僕達は皆お互いの存在に気が付かないんだ。「じゃあ、明日。映画。」とだけ言って、僕は蘭の家を後にしようとした。「ちょと待ってて」と言って蘭は家の中へ消えた。横にスライドするタイプの扉を開け、玄関の照明は白熱球一つ。比較的新しい除雪用スコップが他に行き場も無く場所をとっている。何よりも様々なサイズの白いデッキシューズが玄関に溢れ海のようになってて。蘭の履いてきた紺色のニューバランスがそいつらを踏んづけて2つ停泊してる雲の上の小型のボートみたいだ。蘭が二階の部屋から降りてくる。手にはCDと漫画が二冊。まえに僕に貸してくれるって言ってたやつだ。僕は忘れてた、蘭は覚えてた。「じゃあ、明日」と言って僕は蘭の家を後にした。次の日。

約束の時刻よりもかなり早く駅に着くつもりで支度をしてた僕のPCが鳴りメールが届く。蘭からだ。「お父さんが捕まった、昨日の事件で。今日の朝警察に出頭した。私もすぐにここを出なくちゃならない。だから今日、映画行けない。本当にごめん。」付けっぱなしのテレビでニュースのチャンネルが昨日の事件を報じてる。午前中の居間の時間の流れとは無関係に。窓の外の塀の上を見覚えのあるような子供が歩く。テレビでは「内部での派閥争いがあったのではないか」などと、リポーターが眉をひそめてコメントしていた。蘭が何で昨日僕を呼んだのか、何となくわかった。もう僕らが会えるチャンスは無いかもしれないんだ。バネを弾いたように家を飛び出し、自転車をこいで蘭の家に行く。昨日のコンビニから中道へ入る所で逆方向から来た白いバンとすれ違う、中に蘭がいる。ペンキで白く塗られた生活家電を積んだ後部の荷台に、あの駅前の毎朝の白い衣装でうつ伏した蘭がいる。僕は引き返して白いバンを追いかける。赤信号で止まったバンのガラスを叩く、蘭が気付いた。目が赤く腫れてる。お互いの全てが見られたくもない姿で、無力すぎる等身大の僕ら。蘭が僕に手を伸ばす、車は走り出す。空も飛べるはずだと信じて、ペダルを踏むよ。けれど叶わない。僕と僕の自転車は置いていかれた。夏の敗北、影の色は濃く。世界から注目されるようなことは永遠に無いのであろう、見慣れたバス通りに、僕の顎から一滴落ちた雫が染みて干上がる。時の流れの中のたった一日に、いつものように陽が暮れる。